音楽クイズ NO.317 怪盗ギロ 失踪者からのメッセージ(4)


 翌日は早朝から「雪蹊寺」を訪ねた。鳥たちのさえずりが心地よい。おや、その鳴き声にまざり、少し遠くの方から低い鳴き声が聞こえてくるではないか。しかも規則的なリズムをともなって。私はその方向へ引き寄せられるように歩き出した。その音は森の奥にある神社の方から聞こえてくる。神社に近づくにつれてその鳴き声ははっきりと聞き取れるようになった。まさに、はずむリズムと五つの音からなる鳴き声である。しかし、2番目の音がドではなくソであった。ほぼ反射光の示す音列と合っているんだが、違うのだろうか・・・。神社の境内に立ちその鳴き声の主を探していると、「お早うございます。観光客の方ですか?」と声をかけてきた人がいた。どうやらこの神社の宮司さんらしい。不審な男に見られたか。あいさつをした後、東京で音楽関係の仕事をしている者だが、朝の散歩でおもしろい鳥の鳴き声につられてこちらへ来た旨を話した。「そうでしたか。実は何か月か前にも絵かきの方が来られて同じようなことをおっしゃってました。この鳩は、毎日、この時間に限ってこんな鳴き方をするんです。でも、まだウォーミングアップ中ですかな」、「ウォーミングアップといいますと?」、「あの鳩は調子が出てくると鳴き方が変わるんですよ。もうすぐですかな・・・。」宮司さんが言うようにそれから1分もしないうちに鳴き方が変わったのである。そう、反射光が示していたあの旋律である。「ソ  ドbシ  bシbシ  」(オクターブ低い音だが)・・・
 これで絵の意図は達成された。さらに、「3つの音」の始めの2音は「ソ」と「ド」。日本の音名で行くと「ト」と「ハ」、並び変えると「ハト」。そして、三つ目の音は「bシ=変ロ=遍路」、ほとんど「なぞなぞ」と「ダジャレ」だが、実際の鳩の鳴き声との符合にはおそれいった。「Morgen」の題名は、「朝」だけ聞こえるということを強調したかったのだろう。
 納得したような私の表情を見てか、宮司さんは話しをつづけた。「失礼ですが、ギロさんではありませんか。」いきなり名前を言われて少々驚いた。さらに、宮司さんが言うには、Bから封筒を預かっているという。社務所でその時の様子を聞き、封筒を受け取った。多分、Bは富裕層の道楽絵描きを装い、多額の寄進とともに、同じような関心を持つ”ギロ”という友人が訪ねてきたら封筒を渡すよう、宮司さんに託していったようだ。私は丁寧にお礼のことばを述べ、神社を後にした。鳩は間もなく鳴くのをやめた。
 宿で朝食をすませ、封筒を開けてみると、USBメモリーと一片のメモが出てきた。 やはり、大手ゼネコンの裏金を盗んだのはBだったようだ。このUSBメモリーの中のデータが「ヤバイもの」か。メモ書きの通り、処理することにした(○○贈収賄事件として騒がれることになるだろう)。しかし、Bはなぜ「やばいもの」にも手をつけてしまったのか。後に知ることになるが、政府がらみの総合リゾート建設計画は、Bが子どもの頃の遊び場だった自然豊かな土地にも及んでいた。計画への抵抗感がそうさせたのかもしれない。さらに、なぜ高知なのか。土地勘があるのは分かった。隠れ家や協力者が存在するのだろうか。国際空港への発着便の多い空港があるのも便利ではある。まさか、お遍路さんとして巡礼をしているわけではあるまいが・・・。うっかり協力者と連絡を取れば、「情報局」に特定される恐れがあり、他に迷惑が及ばぬよう、こんな手の込んだやり方で、自分と似た素養と対応力を持つ私に依頼してきたのだと思う。
 
 この古典的な推理小説に出てくるような謎解き旅行から2か月ほど経った頃、Bのホームページが更新された。新しい絵の題名は「Dankeschön」(ドイツ語でありがとう)・・・。美しい笑顔の娘さんが、ヤシの木の下で、南国のフルーツが入った籠を抱えてたたずんでいる姿が描かれている。どうやら無事で南の島を満喫しているらしい。娘さんの巻き上げた髪にはかわいい髪飾りが光っていた。
え、ひょっとして、日本のかんざし!?・・・まさか、ねぇ・・・。


 *このお話の内容はフィクションであり、実在の寺社・施設、人物とは関係ありません。